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今回はもともと文系だった私が、なぜ理転を志しアメリカへと渡ったのか簡単に述べたいと思います。

私はもともと社会を豊かにするとともに、社会を支える仕事につきたいと思っており、就活をしていました。その結果、無事そういった仕事を行える業界で働く機会をいただき、約3年強、主に新規事業の開発を中心に携わらせていただきました。よき上司、先輩、同僚にも恵まれ、仕事はとても楽しかったですし、成長もさせてもらえましたが、もうちょっと専門的なことを身に着けたいなとも想い悶々としていました。

当初は理転ではなく、そのまま文系職につき続けようと思っていました。文系、特に法学系ですと、司法試験をパスして法曹を目指す方や国家公務員試験を目指す方が身の回りにかなりいて実際にその職についている友人もいるのですが、これらの仕事にはそれほど強い関心を示すことができませんでした。

というのも、私にとってこれらの仕事は社会を支える仕事ではあっても、社会を豊かにするスキームをそれほど作り出すことができず、どちらかというと(豊かな)社会に依存する(社会の上澄みの人たちの)仕事にみえたからです。

誤解のないようにいうと、私は上記の仕事は社会的意義というの観点からはとても素晴らしい仕事だと思っていますし、働いている方々はむちゃくちゃ優秀で職場としても成長できる環境だと思います。

しかし、果たして自身がこれらの仕事に従事したときに(ここでは主に経済的に)豊かな社会を作り出していけるのかと。どちらかというと、他者の作り上げた豊かさの上にのっかっているのではないのかなって疑問に思ってしまったのです。

もちろん、弁護士の場合は、司法試験に合格して司法修習を終えた後、メーカーや商社等の企業内法務職として働く方もいらっしゃるので、必ずしも当てはまらないのは承知の上での発言です。ただ、一般的に言って、とりわけ公務員はお金を生み出す仕事というより、お金を費消する仕事だというのを強調したかったのです。

それと、上記の仕事は社会に依存しており、仮に社会が衰退してしまった場合、これらの仕事は勢いを失ってしまうのでは、ということも考えずにはいられませんでした。(夕張市の財政破綻がいい例かと思います。)

この点、企業で働く場合、とりわけ、グローバル企業の場合は、「国やぶれて企業あり」という状況が起こりうるのかなとも当時は考えていました。グローバル企業の代表格ってのは私の中ではグーグルやアップルです。

上記から、社会を支えるともに豊かにできる仕事はないか。そのような観点から、テクノロジーを用いてイノベーションを起こす、IT関連の仕事が一番なのかなって考え、それに従事したいという考えに至りました。(たとえば、UBERはアメリカの不便な公共交通網を補完する役割を十分に果たしていますよね。今後もそういった革新をテクノロジーを通じて起こせるかもってワクワクしているんです。)

ということで、前の会社を退職し、現在はITの本場、アメリカにわたりCSを専攻しています。
人生の目標は人それぞれかと思いますが、少しでも参考になれば幸いです。





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