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STEM専攻の学生にコミュ力がつけば(たぶん)社会はもっとよくなる

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みなさんごきげんいかがでしょうか。最近、大学生活で気になっているのはCSの学生の(おそらくコミュ力のなさに起因する)マナーの悪さです。たとえば、教科書やレジュメを忘れた見知らぬ学生が(教科書を持ってる)私の方へ見に来ても、見せてという言葉や終わった後のありがとうという言葉もない。授業の最前列で常に携帯を出していじっていたり、大声であくびをしたりすることなどです。(ちなみに私が留学しているのは決して教育困難校ではありません。)

これらに共通するのが、彼らにとって他者という観点が欠如しているということです。多動力や試行錯誤がより必要だったハードウェアからソフトウェアの時代に移行するにつれて、より個人の能力が求められることとなり、それは好ましいことでもありますが、だからといって他者を軽視していいわけではないかと思います。

私の身近な例では、大学の宿題の一つでグループアサインメントがありまして、これはメンバー間で意見を出し合うことによって個人だけでなく、集団として成長していくことを目的としていますが、それが果たして私たちに(円滑に)できるのかなってのはちょっと疑念を抱きます。前いた文系の大学ではこんなことはなかったのでなおさらインパクトが強かったですね。

知性があると、STEM専攻であれば優遇されて、opt、H-1B等でアメリカで働く機会を得られさえすれば人並み以上の待遇をもらえますし、個人としては満足できる生活を送れると思います。しかし、いざ自分の手の届く範囲を超えて、なにかもっと大きなことを起こそうとしたときに、他者との円滑なコミュニケーションなくしてそれが実現できるでしょうか。

言い換えると、何か大きなことを起こそうとした場合は自身に他者を巻き込んでいくための多大な熱量を必要としますが、コミュ力なしでは、「頭はよいけど、人を動機付けられない」つまり、「他者を巻き込み、動かしていく熱源となりえない」ということが考えられます。

この熱源という点で個人的にとても優れているのがipsの山中教授かなと思っていて、氏は優れた研究実績だけでなく、宣伝力・一般へのアウトリーチという点でも多大な貢献をされています。

STEM分野がコミュ力のない人達の受け皿として機能すること自体は、(コミュ力のない人達でも活躍できるという)人材の多様性という点で価値のあることだと思いますが、それがメインストリームとなってしまうのは今後の業界にとっても、そして世界にとっても好ましいこととは言えないのかなと。

まとめると、学校の勉強ができることも重要ですが、それと同じくらい車の両輪でコミュ力も磨いていていけたらなと。とりわけ新しい技術の開発等を通して社会に大きなインパクトを与える可能性を秘めたSTEM専攻ならなおさら必要かなと思った次第です。私も技術力、コミュ力ともにまだまだなのでこれから伸ばしていきます!

松村 清
商業界
2011-02-26



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