だめ連は本当にだめだったのか考えてみた

みなさんご機嫌いかがでしょうか。だめ連に関する記事がよく読まれているようですので、今日はだめ連について書けたらと思います。だめ連をご存知ないかたも多いかと思いますので、まずは簡単にだめ連について紹介します。

疑問
最近あまり聞かなくなった、だめ連の現在について知りたい。。
調べログ
だめ連の現在など詳しく調べてみることにしました!

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だめ連とは?

だめ連
だめ連は、世紀末に主に活動していた早稲田の卒業生を中心とする団体で、普通に働いて、結婚して、子ども授かってっていう既存の価値観になじめない人たちが、だめでもいいよね、自由に生きてもいいよねっていう既存の価値観へのオルタナティブ的スローガンを掲げ、だめな人どうし連帯して活動しています。今でいう、高学歴ニートの走りのような存在だったのでしょうか。それに社会性が加わったような感じです。
どことなく早稲田っぽい団体ですよね。慶応でまずこういった運動は起こらなそうですからね。

だめ連の活動拠点

彼らが拠点としていたのは早稲田大学付近の交流スペースあかねで、確か今でもオープンしているはず(ネット情報によるとシーシャとか吸えるはず)なので行けば会えるかもしれません。(私は一度も行ったことないですが。)

 

時代性も加味しないといけないかもだけど、彼らの主張は確かけっこうラディカルなノンセクト+アナーキズムが入り混じった感じ(学費値上げ反対闘争、天皇制反対、反戦活動、差別・抑圧からの『かいほう』など)なので、平成生まれの私にとっては少し(というか、かなり)過激な印象はぬぐいされません。1960年代の学生運動的側面も内包しつつも、だめというゆるいスローガンも加わった感じです。

だめ連は実は全然だめではないのでは?

このだめ連ですが、正直ぜんぜんだめではなくて個人的にはすごい人たちの集まりだなと。語弊があるかもですが、ロースペックで選択肢が少なくて生きるために嫌々仕事をしなきゃいけないというのではなく、自分たちで(好き好んで)こういった生活をしているという感じです。彼らはかなりのハイスペックなので働こうと思えば(自分の主張さえ押し殺して社内政治に邁進すれば)普通に大企業でも活躍できた方たちかなと。要は選択肢がたくさんある中で信念をもって『だめ』の道に進もうと決めたのではないかと。

「闇金ウシジマくん」に出てきそうな本当にダメな人たちっていうわけでは全くなくて、どちらかという高等遊民に近い感じです。また、イメージとして働かずに何年もずっと公認会計士試験や司法試験の勉強してる人たちに似ているところがあるのかなと。

メンバーがハイスペック!

メンバーの一人が、元ホストでコミュ力も高いですし、そもそも同じ考えを持った仲間同士連帯するっていう社会性も持ち合わせているので、なんていうか高学歴のギルドみたいな感じです。他のメンバーには、『ヘゲモニー』論で有名なアントニオ・グラムシの研究者(記憶が定かではないですが、確か小倉虫太郎という方。ネーミングがまんまグラムシから来ています。そもそもなんでグラムシを研究対象にしようと思ったんだ。。)もいて、(知的水準が)とんでもない団体だなって思った記憶があります。

そもそも本当にだめであれば、早稲田に入れていないでしょうし、だめ連というムーブメントも起こさず、メンバーはグラムシも研究対象にしていなかったでしょうから、(知的な意味で)マッチョな団体なので、本当にだめな人たちからみると若干の敷居の高さはあったかもしれません。

ハイスペックであるが故の批判も。。

このあたりのハイスペックさが、だめ連っていうのに全然だめじゃないか、結局本当にだめな俺たちの気持ちなんてわからないんじゃないかってことにつながり、活動が徐々に下火になっていったのかなと考えています。

ただ、高等遊民の互助会的な感じの批判はあるかもですが、それでも彼らの(だめでもいいじゃんという)パイオニアとしての指摘は(少々内容は過激だったとしても)未来を先取りしていたものだったのですばらしいかなと。

だめ連は90年代の世相を語る上で重要で、学術的な研究対象になりうる

90年代なかばから日本の経済がだめになっていき、若い人たちにとって徐々に生きにくくなっていく中で、(そして、それは現在へと続き『失われた30年』になるのだけれど)、(経済が徐々に悪くなってきた90年代なかばの)当時の人たちが何を考えていたかってのはとても興味があって、その意味で『だめ連』ってのは(60年代〜70年代の泥臭さを内包しつつ、独自色を出していて)とても意義深いですよね。90年代の世相を語る上での十分な爪痕は残しておりますし、今後学術的な研究対象にもなるのかなと。

University of GothenburgのCarl Cassegardさんによって既に研究対象となっている

だめ連を対象とした学術研究ないのかなって調べてみたところありました!スウェーデンのヨーテボリ大学(University of Gothenburg)の日本研究者Carl Cassegardさんによる分析です。

ちなみに彼の論文は中国語に翻訳されていて『熱風学術 2018年3月 春季刊』にて無料で閲覧可能(66頁〜100頁)ですので、中国語に堪能な方はご一読してみてはいかがでしょうか。ちなみにタイトルは『让我们活!日本临工运动的培力和生活修辞』(日本語だと『生きさせて!日本の労働運動の注力と生活レトリック』)です。日本の労働運動の観点から、だめ連が述べられていますね。論文中には、『だめ連はすでに活動を停止しているものの、労働運動の重要なパイオニア』という指摘もあります。

フリーターやフリーランス等も同様に興味深い

ちょっと話は脱線しますが、『だめ連』の他にも、主にライフスタイル関係の世相を表す言葉やムーブメントを調べてみると、けっこう面白いなって思っていて、たとえば、フリーターという言葉は、夢を追いかけながら自由なライフスタイルで仕事できるという主にプラスの面で、80年代なかばにリクルート社によって生み出されたようです。しかし、時を経るにつれ、実際はフリーター=プータロー、非正規雇用、負け犬みたいな負のイメージを帯びてしまっていて、たぶんそれは今後も続いていくかと思います。

フリーターについての描写は、冬目景の初期短編集『僕らの変拍子』や『イエスタデイをうたって』の初期にうまく描かれていてこちらも非常に貴重な世相を表す資料だと思っています。90年代前半には既にフリーターが負の側面を帯びて描かれているんですよね。

上記がだめ連の三部作となります。現在も流通していてアマゾンでもお買い求めできますのでぜひご覧ください。

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